東京さばい部

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「女帝 小池百合子」を読みました。

 東京都知事選挙が告示されました。

 まさに、そんなタイミングで、この本がベストセラーになっています。

女帝 小池百合子 (文春e-book)

女帝 小池百合子 (文春e-book)

 

 著者である石井妙子氏の、四年に渡るリサーチの上に上梓されたこの一冊、間違いなく「今年度必読の一冊」でしょう。しかし、どう紹介したらよいのか、なかなか上手い言葉が見つかりません。

 まず、こんな興味深い人生を歩んでいる人間もそうそういないと感じます。善悪はさておき、この立志伝には私もただただ、深い感銘を受けたのは事実です。

 但しその一部始終を賞賛出来るか、と訊かれれば話は別で、一都民としては、小池百合子氏が現職都知事でなければ、また、今回の都知事選の立候補者でなければ、という条件付きとなるのは否めません。

 これだけの虚飾に塗れた人間が、幾度と大臣の座に就き、下手すれば総理の座すら手に入れかけたということ、そして尚、現職都知事であるということ。果たして「政治家になる資質」というのは何なのか。それは公約がどうであるとか、施政に対する態度とか、そんなことは全く関係なく「政治家になりたい」という非常に強い情念、たったそれだけで、その地位を掴むことが出来る、そんな事もあり得るのだと、まさにそれを証明する本でした。

 正直個人的には、学歴詐称があったとして、都知事の資格がないとはさほど思いません。公職選挙法には引っかかるのかも知れませんが。もし彼女に高い志があって、正しいことを行ってくれるのであれば、別に大したことではないのです。しかし、この四年間、彼女は前回の都知事選で掲げた公約を、ほぼ達成出来ていません。彼女にとって「政治家であること」というのは、一体どのような意味を持つものなのでしょうか。

 

 この本に書かれたことが、多かれ少なかれ事実であったとして、我が国のファクトチェックというのは、一体どうなっているのでしょうか。マスコミというのは何のためにいるのでしょうか。

 電通と政府の蜜月な関係。いち広告代理店である電通が、スポンサーとしての立場を利用し、あらゆるメディアを使って、イメージだけで、魔法のように既成事実を生み出してしまう。それは政治だけではなく、文化の面においても。もとより言われていたことではありますが、ネットで情報を得る人たちは、このコロナ禍で、その酷さを改めて認識しました。

 しかし、選挙戦における日本のマジョリティというのは、ネットを見ないような、恐らく本も大して読まず、テレビと井戸端会議だけが情報源の高齢者です。そして相も変わらず、彼らはイメージだけで、小池百合子氏に投票するのかも知れません。

 誰が誰に投票しようが、それは権利なので、その人の意思であれば仕方がないと、私は思っています。しかし果たして上述の通り、何らの疑問も抱かず、いわばテレビで洗脳され、イメージだけで投票する人の一票というのは、本当にその人の意思と言えるのか。甚だ疑問ですが、本当にそこはどうしようもない。そして選挙戦をコントロールする人たちというのは、そこをよくわかった上で、あらゆるイメージ戦略を立てるわけです。民主主義って何なんでしょう。民が主だとして、その民の多くに心がないとするならば。絶望しかないです。

 

 ともあれ、この本に記された彼女の生き様、これは本当に凄まじい、ひとりの人間のサバイバル術、サクセスストーリーでしょう。間違いなく名著と言えます。是非、読まれた方がいいと思います。

 

 どこで聞いたのか記憶にないですが、「人生の答え合わせは誰にも出来ない」というフレーズが、長いこと私の心の中に消えずに留まっています。この本に記された人生もまた、そのような人生なのかも知れません。

 この本を読んだ上で、彼女に投票する人がいるとしても、私は否定しませんが、相当な物好きと言わざるを得ません。そのように思います。