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東京さばい部

東京砂漠で生き残れ

日本百名山の著者、深田久弥の数奇な人生

登山 読書 日本百名山 さばい部

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山登り始めるにあたっては、そりゃ色んなネットや書籍をあたりました。

山のガイドというか読み物としては、テレビ等で大きく取り上げられて、今も人気のこの本があります。

 

日本百名山 (新潮文庫)

日本百名山 (新潮文庫)

 

 

著者である深田久弥氏自身が、自ら登った山の中から「品格・歴史・個性」の三基準でもって選んだ百の名山、ということで、中高年ハイカーには、ここで選ばれた百名山をいくつ登ったかを競う「百名山ホルダー」が多数いるらしい。

 

その後、深田氏チョイスでないところでも『百名山』という言葉は、山岳界のバズワードとして、書店の登山コーナーを混乱のるつぼに陥れてるわけです。

 

そんな本を著した深田氏とは一体、どんな人なんだと調べたらまあ、波瀾万丈、悲喜交々、何ともドラマチックな人生だった。

 

淡い初恋

深田氏の初恋は高校時代(と言っても昔の事だから年齢は今の大学生くらい)、通学路で見かけるひとりの女の子に恋をして。でも結局声をかけぬうちに、関東大震災をきっかけとして彼女が引っ越してしまい、その恋は片思いで終わってしまった。

 

深田氏は趣味で山登りは続けながらも、仕事においては文筆家としての道を目指して、当時名だたる人たちと同人誌を興すなど、親好を深めていくんだけど、いい文章を書く、というところでは、イマイチパッとしない日々。

 

そのうち縁あって始めた、投稿小説の審査の仕事。ある日そこに送られてきた、青森の女流作家、北畠八穂の小説に、非凡な才能と強い魅力を感じて、現地まで会いに行ってしまう。

すると八穂さんがあろうことか、その初恋の人とそっくり。ところが八穂さんは、脊髄カリエスという難病で、ほぼ寝たきりの暮らし。

彼女の、初恋の人を思い出させる風貌、そして何よりその才能に心酔してしまった深田氏は、彼女の親の反対を押し切って、千葉へ連れてきてしまう。

 

蜜月のはじまり

彼女の小説は才気に溢れていたものの、読みやすさや前後のつながりなどにまだまだ粗い部分があったのを、深田氏が手直しして、なんと深田氏名義で発表してしまう。

盗作とかそういうことではなく、彼女としては、病気で閉塞した毎日を過ごしていたのを連れ出してもらったという想いもあっただろうし、とにかくそういう二人三脚体制で、深田氏は次々作品を発表していき、それらは文学界で非常に高い評価を得て、人気作家となり、一流の文士として名を馳せることになる。

 

運命のひとひねり

そんなある日、夫婦共に懇意にしていた文筆家の結婚式で、深田氏は思いがけない人と出会ってしまう。それはその文筆家の姉の志げ子さん。誰あろうそれは、深田氏が高校時代に見初めていた初恋の人そのひと、だった。のです。

そして彼女の方も、深田氏の事を覚えていたと。

 一度火がついた想いは止まらない。それから程なく二人は連泊で山登りに行っちゃうし挙げ句、子供まで作っちゃう。

 

そんなハチャメチャな状況下、映画『マグノリア』なら今まさに、大量のカエルが降ってくる瞬間、深田氏に出征命令が下り戦地へ。

無事終戦を迎え、戻ってきてから、八穂さんとは離婚、志げ子さんと結婚。

 

失墜、そして隠遁生活

そうなると八穂さんも黙ってられない。彼が発表した小説のほとんどが、彼女の作品だと暴露しちゃった。

結果、深田氏の評価は失墜し、10年に渡る隠遁生活を余儀なくされてしまった。

 

その果てに生まれた「日本百名山

隠遁してる間もずっと、深田氏は山登りを続けていた。ていうか、行くよね。そりゃあね。

その後、月間誌の連載向けに、毎月二座、一座五枚で記事を書き、それらをまとめて今度こそ、100%深田氏の言葉で綴られた本、それが日本百名山なわけです。

 

深田氏はその後も山に関する本を書き続け、最後も、登山中に亡くなりました。

志げ子さんは深田氏の七回忌のわずか四日後に、交通事故が元で亡くなられました。

 

そして北畠八穂さんは、病気と闘いながらも別の良き伴侶(事実婚、らしいですが)を得て、三人の中では一番長生きしました。

 

何たる数奇な人生か。

もし自分ならどうしただろうか?とか、考えると感慨深い。

 

でもとにかくね、その、評価が失墜して10年の隠遁生活の果てに、そうやって後年、読み継がれる事になる本を著したこと。そこに、さばい部魂を感じずにはおられんのです。

 

北畠八穂は信じ、尽くした夫に捨てられたことを悲しみ、深田志げ子は正妻となることで夫の地位を失墜させたことに苦しみ、深田久弥は自ら蒔いた種とはいえ、文芸界のサラブレッドとまでもてはやされたところから都落ちの苦しみ。三者三様に傷ついた。
だけども、三人ともが、最後は収まるべきところへ収まった。
唯一志げ子さんが交通事故で、というのは少し残念だが、亡くなった時期のことを知ると、それすら必然だったかも知れないと思えてくる。

 

ま、日本百名山はまだ読んでないのだけどね。そこは逆に、もう少し山のこと分かってから読みたいなあと。ガイドブックとして読むんじゃなくてね、深田氏の気持ちに想いを馳せながら読んでみたいと、そう思ってるんですわ。

 

この本に詳しいよ

今回の話はこの本に詳しいです。

「日本百名山」の背景―深田久弥・二つの愛 (集英社新書)

「日本百名山」の背景―深田久弥・二つの愛 (集英社新書)

 

 

深田志げ子氏の本。これも是非読みたい。

私の小谷温泉 深田久弥とともに

私の小谷温泉 深田久弥とともに

 

 

そしていろんな百名山があるよ

新・花の百名山

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美しい日本の百名山

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居酒屋百名山 (新潮文庫)

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